猫と兎
33 エピローグ
四月。僕は転勤した。
驚いたのが、今までとさほど距離は変わらない所で、仕事内容が、大きく違う所だった。
てっきり転居せざるを得ないと思っていたのだが、とんだ勘違いだったらしい。
住み慣れた街を離れなくて済んだのは嬉しかったが、正直仕事はキツい。門木からは、いきなりそんな部署だなんて出世コースなんじゃねえの?と適当なことを言われている。
まだ業務内容に慣れていないせいで、残業の日々が続いているが、その日だけは周りに頭を下げて、早めに上がらせてもらった。
「いらっしゃい。もう二人とも、先に飲みまくってるよ」
波流の目線の先には、グラスを片手にはしゃいでいる陽奈と夕美の姿。ちなみに夕美は、本格的に禁煙を開始、僕と付き合ってから一本もタバコを吸っていない。
「志貴くん、お疲れさま!」
「遅いぞ、早く座れ」
ちなみにマスターのはからいで、本日貸切となっている。
「波流、なんだか悪いな、貸切だなんて」
「いいのいいの。マスター、最近また腰が悪くてさ、休みたいって言ってたし。それよりほら、何にする?」
「じゃあ、とりあえずビールで」
小さな小さな同窓会が始まった。
「今の課長、本店から来た人でさ。細かいところにうるさいんだよ」
「志貴は案外大雑把なところがあるからな。まあ、頑張れ」
「私もさ、お局様がこわくって。雑巾のしまい方で怒られちゃったよ」
陽奈は地元の大手法律事務所に就職した。といっても、仕事自体は簡単な事務とお茶出しくらいらしい。
「はは、みんな上司の愚痴は尽きないねぇ」
「そういう波流ちゃんだって、マスターに言いたいことあるんじゃないの?」
「まあ、無いことはないけどさー」
「本人居ないんだし、言っちゃえよ!」
そんなこんなで、僕たち四人は楽しい夜を過ごす。こんな日が来るだなんて、少し前の僕は思いもしなかった。
僕は夕美を選び、陽奈を選ばなかった。
波流にそれを告げたときは、苦しい決断だったね、と声をかけてもらった。
四人で集まろうと言いだしたのは陽奈で、彼女の就職が決まったタイミングでもあった。
「あっ、私そろそろ帰らなきゃ」
終電が一番早いのは陽奈だ。それは初めからわかっていたが、それにしてもまだ時間が早い気がした。
「じゃあ、駅まで送るよ」
「ううん、大丈夫。三人はもう少し楽しんで」
僕は食い下がろうとしたけれど、波流がさっさと陽奈を連れ出してしまった。
「良かったのかな?」
「せっかく陽奈が気を遣ってくれてるんだ。甘えさせてもらおう。それに、志貴が来る前に散々話せたからな」
そう言って夕美はビールを飲み干す。僕は陽奈とそこまで話せていないんだが、と心の中で突っ込む。
「さーてお二人さん、まだまだお酒足りないでしょ?」
「もちろーん!」
今日の夕美は上機嫌である。
陽奈が帰った後、酒が強い三人で飲みまくったが、それでも強さに順序はある。
身体の小さい夕美が結局は一番弱く、酔いつぶれた彼女を連れて自分のアパートへ帰る。
「志貴、おふとん」
「はいはい。お風呂入ってからな」
「えー、めんどい……」
そう言って夕美はのそのそと僕の布団に上る。まだ数回しか来ていないのに、慣れたものだと苦笑する。
「せめて時計くらい外そうな?」
こくりと頷くものの、それ以上動く気配はない。僕は時計を外してやる。お風呂はもう、諦めた。
「おやすみ、夕美」
僕は彼女の髪を撫で、額に口づけた。
ベランダに出る。少し強めだが、心地いい風が吹いている。
星が見えるわけではないけれど、夜空を見上げる。
薄曇りの中ぼんやりと、月が見えた気がした。
驚いたのが、今までとさほど距離は変わらない所で、仕事内容が、大きく違う所だった。
てっきり転居せざるを得ないと思っていたのだが、とんだ勘違いだったらしい。
住み慣れた街を離れなくて済んだのは嬉しかったが、正直仕事はキツい。門木からは、いきなりそんな部署だなんて出世コースなんじゃねえの?と適当なことを言われている。
まだ業務内容に慣れていないせいで、残業の日々が続いているが、その日だけは周りに頭を下げて、早めに上がらせてもらった。
「いらっしゃい。もう二人とも、先に飲みまくってるよ」
波流の目線の先には、グラスを片手にはしゃいでいる陽奈と夕美の姿。ちなみに夕美は、本格的に禁煙を開始、僕と付き合ってから一本もタバコを吸っていない。
「志貴くん、お疲れさま!」
「遅いぞ、早く座れ」
ちなみにマスターのはからいで、本日貸切となっている。
「波流、なんだか悪いな、貸切だなんて」
「いいのいいの。マスター、最近また腰が悪くてさ、休みたいって言ってたし。それよりほら、何にする?」
「じゃあ、とりあえずビールで」
小さな小さな同窓会が始まった。
「今の課長、本店から来た人でさ。細かいところにうるさいんだよ」
「志貴は案外大雑把なところがあるからな。まあ、頑張れ」
「私もさ、お局様がこわくって。雑巾のしまい方で怒られちゃったよ」
陽奈は地元の大手法律事務所に就職した。といっても、仕事自体は簡単な事務とお茶出しくらいらしい。
「はは、みんな上司の愚痴は尽きないねぇ」
「そういう波流ちゃんだって、マスターに言いたいことあるんじゃないの?」
「まあ、無いことはないけどさー」
「本人居ないんだし、言っちゃえよ!」
そんなこんなで、僕たち四人は楽しい夜を過ごす。こんな日が来るだなんて、少し前の僕は思いもしなかった。
僕は夕美を選び、陽奈を選ばなかった。
波流にそれを告げたときは、苦しい決断だったね、と声をかけてもらった。
四人で集まろうと言いだしたのは陽奈で、彼女の就職が決まったタイミングでもあった。
「あっ、私そろそろ帰らなきゃ」
終電が一番早いのは陽奈だ。それは初めからわかっていたが、それにしてもまだ時間が早い気がした。
「じゃあ、駅まで送るよ」
「ううん、大丈夫。三人はもう少し楽しんで」
僕は食い下がろうとしたけれど、波流がさっさと陽奈を連れ出してしまった。
「良かったのかな?」
「せっかく陽奈が気を遣ってくれてるんだ。甘えさせてもらおう。それに、志貴が来る前に散々話せたからな」
そう言って夕美はビールを飲み干す。僕は陽奈とそこまで話せていないんだが、と心の中で突っ込む。
「さーてお二人さん、まだまだお酒足りないでしょ?」
「もちろーん!」
今日の夕美は上機嫌である。
陽奈が帰った後、酒が強い三人で飲みまくったが、それでも強さに順序はある。
身体の小さい夕美が結局は一番弱く、酔いつぶれた彼女を連れて自分のアパートへ帰る。
「志貴、おふとん」
「はいはい。お風呂入ってからな」
「えー、めんどい……」
そう言って夕美はのそのそと僕の布団に上る。まだ数回しか来ていないのに、慣れたものだと苦笑する。
「せめて時計くらい外そうな?」
こくりと頷くものの、それ以上動く気配はない。僕は時計を外してやる。お風呂はもう、諦めた。
「おやすみ、夕美」
僕は彼女の髪を撫で、額に口づけた。
ベランダに出る。少し強めだが、心地いい風が吹いている。
星が見えるわけではないけれど、夜空を見上げる。
薄曇りの中ぼんやりと、月が見えた気がした。