春待月の一夜のこと


「待て、待て待て待て待て、ちょっと待て」

「別に待つのはいいけど、あたし犬じゃないからね」


そんなのはわかっている。しつこいくらいに繰り返してしまったのはただ動揺しているだけで、犬に待てをするように手の平を突き出しているのも、動揺の表れだ。
それもこれも全て、島田の寝起きの一言に原因がある。


「……一旦冷静になろう。そうだ、まずは落ち着くことが大事だ。深呼吸だ」

「そうだね。はい、じゃあ大きく吸ってー」


なぜか島田の号令に合わせて、大きく息を吸っては吐く岡嶋。三回ほど繰り返してみても、心臓がバクバクするのは止まらない。


「その……あれだよな、さっきのあの、あれは、意図せず一緒のベッドで寝ていたことに対して、謝罪を要求する的な……」


しどろもどろな岡嶋を、島田が可笑しそうにくすくす笑う。


「そんなんなってる雅功くんって珍しいね。あれだ、あたしが中学生の時、間違えてあたしのお茶飲んだのを“間接キスだ”って言った時と同じ反応」


言われてみれば、そんなこともあった。
テーブルの上に全く同じお茶のペットボトルが置いてあって、島田に勉強を教えながら飲んでいたので、よく見もせずに手に取ったのだ。
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