春待月の一夜のこと
本当なら豆を挽くところから始めたいところだが、生憎と今は豆を切らしているので、既に引いてある粉とペーパーフィルター、ドリッパーなどの器具一式を調理台に並べる。
その間島田は何をしているかと言えば、しばし不満げに岡嶋の背中を見つめたあとで、切り替えるようにまずは朝食を平らげていく。

しばらくすると、律義な「ごちそうさまでした」という声が聞こえ、カチャカチャと食器をまとめる音に続いて、足音がキッチンへ近付いてくる。
流し台に食器を置いたらそのまま立ち去ってくれていいのだが、もちろん島田は立ち去らない。どころか、そのまま洗い物を始めてしまう。

そんな島田をちらりと横目で見てから、岡嶋はかける言葉を必死に考える。
遠回しに“置いておいていいから、戻ってテレビでも見てたらどうだ”と言ってみるか。それともはっきり、“頼むから、心臓が落ちつくまで離れていてくれないか”と頼むべきか。

散々考えた末に口から出た言葉は、「ああ、悪いな」だったので、考えるだけ無駄だった。
仕方がないので、とりあえず今はコーヒーに意識を集中させることにする。
コーヒーはぐらぐらに沸かしたお湯で淹れるものではないので、お湯の沸き具合には注意が必要だ。
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