春待月の一夜のこと
「田辺くんって、意外に料理好き?」


お言葉に甘えて洗面所へと向かう途中、匂いに誘われるようにキッチンの方に向かってしまった真帆は、向かい側から田辺の手元を覗き込む。
キッチンがカウンターを隔てて対面式になっているおかげで、仮にベッドの上にいても田辺の姿が見えるし、こうして向かい側まで来て覗き込めばネギを焼いている手元も見える。


「そこで“意外に”って言葉がつくのはなんでなの」

「あんまり料理するイメージなかったから。高校の時の調理実習とか、ふざけてよく先生に怒られてなかったっけ?」

「そういうことはよく覚えてるんだね」


ちょっぴり嫌味っぽく聞こえたのは、きっと気のせいではない。


「大体調理自習なんて、男子はふざけて怒られるのが仕事みたいなとこあるでしょ」

「どんな理屈なのそれは」

「それにああいう時って、女子がやたら仕切りたがるから、面倒くさいってのもある」


それは、男子が真面目にやらないからでは?とも思ったが、高校時代の調理実習について、今ここで田辺と議論したいとは思わないので黙っておく。今更どうでもいいというのもあるけれど。
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