春待月の一夜のこと
「今だって別に、特別料理が好きなわけじゃないよ。見ての通りの一人暮らしだから、必要に迫られてやってるだけ。毎日外食って、食費もかさむしね」


やったことがあるのだろうか、毎日外食。
真帆もかつてお弁当や総菜ばかりを食べていた時期があるが、食費がかさむことにプラスして、毎日違う物を食べているはずなのに、ふと飽きる瞬間がやって来るのだ。
買ってきた物を食べるということに、飽きる瞬間が。
あの時は同時に虚無感にも襲われて、しばらく放心して動けなかった。


「必要に迫られてやっているだけの人が、ネギをわざわざ焼くの?私だったら、お出汁に入れて一緒に煮ちゃう」


そもそも、必要に迫られてやっているだけの人は、ネギを切るという工程すら面倒くさがりそうだ。


「今日は田中さんがいるから特別。俺だっていつもだったら、出汁の中に全部放り込んで煮ちゃうよ」


嬉しい?“特別”だよ。なんて笑顔でもう一度言われて、ついでにぐいっと顔を近づけられて、真帆は仰け反るようにして距離を取ると「洗面所借りる!」と逃げるようにその場を離れた。
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