春待月の一夜のこと
くすくすと楽しげな笑い声を背中に受けながら、真帆は早足に廊下に出て、右と左とどっちだったっけと迷って結局両方のドアを開け、洗面所だった方に駆け込んでドアを閉める。

目の前には洗面台があって、その横には洗濯機があって、更に奥には浴室へと続いているだろうすりガラスのドアが見えたので、ここはきっと洗面所兼脱衣所でもあるのだろう。
よく見るとすりガラスのドアの近くには、吸水性の良さそうなマットも敷いてある。

お湯と水とで一瞬迷い、いやここはしゃっきり目を覚まそうと、真帆は水で顔を洗う。迷った末に洗顔フォームもお借りして、あっやばい今すっぴんだ……と気がついたのはタオルで顔を拭いている時。
え、どうしよう……と鏡の中の自分と見つめ合っていると、いや待てそれより先に心配しなければいけないことがあるだろうと思い至る。
顔も洗って幾分すっきりしたこのタイミングで、真帆は再度昨日のことを思い出そうと試みる。

眉間に皺をよせ、表情を険しくし、鏡の中の自分を睨み付けたところで、思い出せるのは同窓会の途中まで。具体的にはローストビーフでお酒が進んでしまった辺りまでで、どんなに頑張ってもそれ以上は記憶が曖昧だ。
状況証拠と田辺の物言いからすれば、昨夜二人は酔った勢いで一線を越えてしまった可能性もあるのだが、可能性があるというだけで、そうと決まったわけではない。
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