春待月の一夜のこと

13 腫れた頬と眠れぬ夜

「お前……どうしたんだその顔」


社内にある自動販売機前、「おはようございます」と声が聞こえて視線を向けた岡嶋は、そこに立っていた田辺の顔を見て、物理的に半歩引いた。
田辺の左頬が見るからに赤くて、しかも若干腫れている。


「ああ……やっぱりちょっと目立ちます?絆創膏とか貼った方が逆に目立つかと思ってこのまま来たんですけど」

「……おたふく風邪か?」

「そんなわけないでしょ」


まったくもう……なんて呆れた声を出しながら近付いた田辺は、「俺もなんか飲もうっと」と財布を取り出す。


「おいちょっと待て、俺の方が先だろう、どう考えても」

「え、まだ買ってなかったんですか?じゃあ自販機前で何してたんですか」

「何を買うか考えてたら、歪な顔したお前が現れたんだよ!」

「歪って、失礼な」


自動販売機の前でわーわー言い合っているのを、出勤してきた社員達が遠目に、くすくす笑いながら通り過ぎていく。
こうして田辺と岡嶋が言い合っているのはいつものことなので、社内では“また仲良くじゃれ合っている”などと言われ、こうしてくすくすと笑われる。
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