春待月の一夜のこと
「ちょっと、私の卵は」


そう、特売で手に入れた卵がないのである。ここに来るまで卵の入った袋を持っていたのは田辺なので、奴がどこかに置いたのだろうが、その置き場所をチェックしておかなかったことを、真帆はここで後悔していた。
そんな真帆の問いに、田辺は悪魔のような笑みを浮かべて返す。


「返してほしかったら一緒にランチしようよ」


タダで返して貰えるなんてもちろん思っていなかった真帆だが、わかってはいても思わず顔をしかめてしまう。
だが今回は、前回の服とは違って卵である。生ものだし壊れものだしとくれば、隠す場所は限られている。


「卵を隠す場所なんて、どうせ冷蔵庫でしょ。今回はその手には乗りません残念でした」


立ち上がってキッチンへ向かう真帆を、なぜか田辺は止めない。その顔に浮かぶ余裕そうな笑みに、真帆は嫌な予感がした。


「ちょっと!なんで私の卵を勝手に開けてるのよ」


冷蔵庫を開けてぐるっと見渡せば、ドアポケットの卵入れに、口の開いたパックごと卵がきちっと収まっている。
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