春待月の一夜のこと
「いやいや田中さん、それは俺が買ったやつだから。正真正銘家の()だから」


言われてみれば確かに、田辺もスーパーで卵を購入していた。更に言えばその時、「袋持ってくるの忘れちゃたから入れさせてー」と真帆のマイバッグに自分の卵を入れていたような……。


「じゃあ私のはどこにやったのよ!」


田辺が買った物と真帆が買った物、卵は二パックあるはずなのに、冷蔵庫の中には口の開いた卵が一パックしかない。


「まあまあ、そう慌てない。ランチしながらゆっくりと、田中さんの卵について語り合おうよ」

「誰が語り合うか!どこに隠したか知らないけど、冬だっていってもこんなにがんがん暖房付けてたら、悪くなっちゃうでしょ」

「大丈夫、田中さんの大事な特売卵を腐らせたりはしないから安心して!」


いい笑顔で力強く親指を立てられたが、それはつまり、暖房の熱が届かない場所に置いてあると言うことで、冷蔵庫以外でそんな場所と言ったら……。


「玄関か!」


言うなり真帆はキッチンを出て、玄関へと向かう。
余分なものが何もない、つまり隠せる場所もそうない玄関を、真帆はくまなく捜索する。
まさかと思いつつ一応靴箱も開けてみたが、もちろんそんなところには入っていなかった。
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