春待月の一夜のこと
その壁は端から端までぴっちりあるわけではなくて、ベッドの向き的に言うと足元の方が、三分の一くらい空いている。
その呟きと真帆の視線の先を見て、田辺は楽しそうに「ああ」と言って笑った。


「この部屋ね、二部屋に分けられるようになってるんだよ。この壁、動かせるの」


そう言いながら田辺は壁の方に向かうと、「ほら」と真帆に見せるようにして壁をスライドさせた。
よく見ればそれは壁と呼ぶには薄くて強度が低そうで、どちらかというと仕切りと呼んだ方がしっくりくる感じの造りをしている。


「一部屋で大きく使ってもいいし、二部屋に分けてもいいしってことなんだって。どう?羨ましい?」


ほらほらとまるで煽るように、田辺は何度も壁をスライドさせる。


「まあ、うん、そうだね。いいと思う」

「田中さん、返事が雑」


真帆の適当な返事を受け、田辺はつまらなそうに呟いてテーブルの方へと移動する。
まあ実際、羨ましいかどうかで言ったら、別に羨ましくはない。だっあるてこの仕切りが出現した途端……。
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