春待月の一夜のこと
朝は教えなかったというよりも、そもそも教えるつもりのなかった話なのだが、言ったところで田辺は聞きはしないのだろう。
田辺にクマの存在を気付かれてしまったのが、岡嶋の運の尽きだ。


「……別に、お前の顔程のとんでもエピソードがあるわけじゃない」

「なんですか、とんでもエピソードって。俺だって、そんなとんでもないエピソードを披露してませんよ」


岡嶋にとっては充分とんでもないエピソードだったのだが、本人にその自覚がないらしい。心外だと言わんばかりの顔をしている。


「……ちょっと、考え事をしてて、寝るのが遅くなってるだけだ」


ちびっと水を飲んでから岡嶋が言えば、田辺は続きを促すように「それで?」と。


「それで?それでってなんだ。これで終わりだ」

「いや、そんなわけないでしょ。寝不足になる程の考え事ってなんなのか説明してくれないと、気になるじゃないですか」

「気にしなきゃいいだろ」

「なるほど確かに!って言うと思います?俺どんだけバカだと思われてるんですか」


バカだとは思っていないが、頭のおかしい奴だとは思っている。


「仕事のことですか?」

「なんだ、言ったら変わってくれるのか?今担当してる取引先が中々面倒で――」

「任せてください、サポートはします」


食い気味にサポート宣言をされてしまった。
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