春待月の一夜のこと
「すみません、あの……こんな、自由な感じで。あっ、他の物が飲みたかったら遠慮せず言ってください」

「いえいえ、楽しいですよ。ハイボールも好きですし」


女性の不安げな顔が、ちょっとだけ和らぐ。
気を遣って言った部分もゼロではないが、事実マスターと女性の会話は聞いていて楽しいし、ハイボールも飲みに行く時は必ず頼む定番であるので嘘は言っていない。


「はい、お待ちどー」


マスターの陽気な声と共に、どんっとカウンターにジョッキが置かれる。その表面では、注がれたばかりの炭酸水がパチパチと弾けていた。
同じジョッキを手にしたマスターもそのまま輪に入るのかと思ったが、選手交代で後は任せたと言ったのはどうやらまだ継続中なようで、岡嶋の分のジョッキだけ置いて、ささっとカウンターの隅に移動してしまう。
それを見た女性は何か言いたそうにしていたが、ぐっと堪えたようで岡嶋へと向き直った。


「気持ち、よくわかります」


目が合ったところで、思わずそんな風に声をかけると、女性が不思議そうに首を傾げた。
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