春待月の一夜のこと
「ああ、えっと……俺の職場に、中々マイペースな自由人がいるもので、さっき何か言いたそうだったのに堪えたところにシンパシーを感じてしまって」


慌てて岡嶋が説明を加えると、女性が納得したように頷いた。


「言いたいんだけれど、言ってもしょうがないかなって思って飲み込んじゃうんですよね」

「わかります。そんなこっちの気も知らないで、へらへらへらへらしてくるんですよね。そこがまた……」


無言でぐっと拳を握って見せると、女性が力強く「わかります!」と頷いた。


「時々、こっちを振り回して楽しんでいるのが伝わってくるからもう……!本気で怒ったところで、向こうはそれを受け流すばっかりで受け取らないから、段々怒っているのがバカらしくなってきて。それがまた思うつぼなんですよね、きっと」

「そうだとはわかっていても、自分だけ熱くなっているのがバカみたいに思えると、それ以上は熱を持続出来ないんですよね。それがまた手の平の上って感じで腹が立つんです」

「そうなんですよ!いつだっていいように転がされている感じで。今日こそはこっちが優勢だ!って思っても、それすら向こうの思い通りだったりするから」

「それに気が付いた時の敗北感っていうか、悔しい気持ち……」

「あれは、味わった人にしかわからないです。あの何とも言えない気持ちは……」
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