春待月の一夜のこと
「俺の知っている奴なんて、そのふざけた性格が災いして殴られてますからね」

「なぐ……られたんですか?」

「あれ、叩かれたんだっけ。どっちだったか忘れましたけど、とにかく一発思いっきりやられて、片側の頬を腫れあがらせてました。まあ、自業自得ですよね」

「……それは、凄いですね」


その腫れ上がった顔のまま今日一日仕事をしていた田辺は、すれ違う人全員に「その顔……」と若干引いたように質問され、その度に照れたように笑って「転んでぶつけました!」と大噓をついていた。
つまり、その顔がどうしてそうなったのかの本当の理由を知っているのは、社内では岡嶋だけということになる。
田辺が本当の理由を岡嶋にしか言わなかったのは、正直意外だった。自分から言うことはないにしても、訊かれれば何の抵抗もなく答えるものと思っていたから。


「でも……あれですよね、どんな理由があろうとも、手を出すのは流石にまずいですよね」

「まあ、そうですね。あいつを前にして、どうにも振り上げた拳が抑えられなかったという気持ちは大いにわかりますが」


苦笑しながらの女性の呟きに、岡嶋が答える。
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