春待月の一夜のこと
「ニコラシカという名前のカクテルですよー。この砂糖を乗せたレモンをまず口に入れて、それから下のグラスに入ったブランデーを一気に口に流し込むっていう、中々ワイルドな飲み方をするものです」

「……ブランデーを、一気に」


それは、中々勇気のいる飲み物だ。
お酒に弱いわけではない岡嶋だが、普段居酒屋の飲み放題で出てくるようなお酒しか飲んだことがないので、ブランデーを一気に飲んで正気を保っていられるのか自信がない。
躊躇する岡嶋を前に、「お客さん、カクテル言葉って知ってますかー?」とマスター。


「花言葉みたいなのが、実はカクテルにもあるんですよー」

「初耳ですね」


そもそも岡嶋は、バーという場所に足を運ぶことがないので、居酒屋でカクテルを頼んだところで、アルバイトの大学生がそんなオシャレなものを教えてくれるわけもない。


「じゃあ、これにも?」


“これ”と目の前のグラスを指すと、マスターが笑顔で頷いた。


「ニコラシカのカクテル言葉は、“決心”もしくは“覚悟を決めて”ですね。ブランデーを一気に飲むっていう飲み方は、中々勇気がいるでしょー?だから、飲む時に覚悟を決める必要がある、そこからきている言葉なんじゃないかって言われています」

「それはつまり、俺に覚悟を決めろと?」

「飲むための覚悟でも、悩みを解決するための覚悟でも、どちらでもお好きな方に受け取っていただいて構いませんよー」
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