春待月の一夜のこと
田辺の口から最近よく名前が出てくるようになった人物で、田辺の頬が腫れあがるくらいぶっ叩いた張本人で、もしかしたら田辺と何かあったかもしれない人。
最後の部分に関しては、何となく今の自分と重なる部分もあって、岡嶋は密かに親近感を抱いていた。
それに、田辺に振り回される者同士でもあるし。


「……あの、田辺くんは、……そんなに酷かったですか?顔」


おずおずとした問いかけに、岡嶋はぼんやりする頭で何を訊かれているのかしばし考えてから「ああ……」と答えた。


「まあ、ひどく腫れあがってはいましたけど、殴られるような原因を作ったのはあいつの方でしょ?だったら、自業自得です」


改めてそう伝えたが、今度は先ほどのようには真帆の表情は晴れなかった。浮かない顔のままで、「でも……」と口を開く。


「……やっぱり、叩いたのはよくなかったですよね。しかも、思いっきりいっちゃったし。……怒りに我を忘れてしまったせいで、卵まで忘れて」

「……たまご?」

「ああ、いえ、こっちの話です」


首を傾げる岡嶋に、真帆は慌てたように手を振る。それから、深いため息をついた。
< 301 / 409 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop