春待月の一夜のこと
「どうしてか、田辺くんを前にすると普段通りでいられないんです。隠しておきたい素の自分を無理矢理引っ張り出されるというか、ずかずかとひとの触れて欲しくないところに踏み込んでくるというか……。だから腹立たしくて仕方がないのに、なんでか拒絶しきれないんです」


言葉でも行動でも拒絶しているつもりだけれど、心の底から拒絶しているわけではない。だから、なんだかんだ言いながらも田辺の家に行ってしまう。
同窓会のあとのことが本当か嘘かを確かめに行っているだけだと自分に言い聞かせてはいるけれど、あれはきっと嘘だろうと思い始めている自分もいる。

嘘なんだから、もう誘われても行く必要はない。でも、無理矢理引っ張られたなら、それはもうしょうがない。いや、振りほどいて走って逃げればいい。そうしたら田辺は、追いかけてくるだろうか。もし追いかけて来たら、それはもう大人しくついて行くしかない。
相反する気持ちが、頭の中でぐるぐる回る。

田辺に声をかけられた時、彼について行く理由を探している自分がいる。
でもこれは、好きだとかそういう甘い気持ちとはまるで違う。

ひとを好きになる気持ちは知っている。かつて、大好きな人がいたから。
だから今の田辺に対する気持ちが、それとは違うこともわかる。
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