春待月の一夜のこと
あれは荷物、あれは荷物……もしくはただのドアの陰、ドアの陰……と念じるように何度も心の中で唱えながら進んで行くと、その影が、見間違いではなく確かにゆらりと動いた。
そして次の瞬間、それはゆっくり立ち上がると、黒い塊から人の形をした影へと変わって、恐怖で固まる岡嶋の方にずんずんと近付いてきた。

ひっ……と思わず情けない悲鳴が漏れた岡嶋だったが、人影が近くなると今度は、ん?と疑問符交じりの声が出る。
よく見るとそれは、この世ならざる者でも、荷物でもドアの陰でもなく、島田だった。


「……し、まだ……こんな時間に何して……」

「雅功くんこそ、随分と遅いお帰りで」


不機嫌さを隠そうともしない島田は、鼻や頬が赤くなっているところを見るに、随分と長いこと待ちぼうけていたらしいことがわかる。


「いつからそこにいたんだ、連絡くれれば」


言ってから、まさかと思って岡嶋は慌ててスマートフォンを取り出す。


「そんなに焦って確認しなくても、連絡してないから」


島田からの連絡に気が付かなかったのかと焦った岡嶋だったが、どうやらそうではないらしい。
だがそれでホッとしている場合ではない。
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