春待月の一夜のこと
「絶対に知ってる人だよね」
「まあ、知らない人ではないけど……」
「もっと言うと、結構親しい人でしょ」
「さあ……どうかな」
しらばっくれる真帆に、田辺はジト目を向ける。
注文した料理を食べ終わり、ホットワインで体も暖まったところで、再びマスターがやって来る前にそそくさと席を立った真帆だが、マスターがやってこずともぴったりと横に並んで質問攻めにしてくる奴がいる。
「あの人、“田中ちゃん”って呼んでたよね。高校の頃から付き合いのある俺でも未だに、“田中さん”なのに」
「記憶違いをしているようだから言っておくけど、高校の頃から付き合いがあるんじゃなくて、高校の時にクラスが一緒だっただけでしょ」
付き合いがあるなんて言うと、親しくしていたように聞こえるではないか。当時は、挨拶すらまともにしたこともないくらいの、ギリギリ顔と名前知っている程度のクラスメイトだったというのに。
「田中さんって、変なとこ拘るよね」
「大事なとこでしょ」