春待月の一夜のこと
「田中さん、いくらなんでもあからさま過ぎる。もうちょっと自然に誤魔化すことは出来なかったの?」


なんだろう、何だか物凄く悔しい。


「しょうがないでしょ!田辺くんと違って、慣れてないんだから」

「それだとまるで俺が誤魔化すことに慣れているように聞こえるんだけど、そんなことより、“誤魔化してる”ってことは否定しないんだね」

「…………」


気付いたところでもう遅い。悔しさのあまり咄嗟に言い返してしまったのがあだとなった。
やはり、田辺を相手にする時には、感情に任せて口を開くのはよくない。


「そんなに俺には言いづらい関係性なの?もしかして――」

「もしかしないから」

「まだ言ってないよ」


大幅にフライングしたのは、もしも田辺の口から“彼氏”なんて単語が飛び出したら、勢いに任せてまた手が出てしまいそうだったから。
今もまだ、真帆の中に残る深い傷と、相反する楽しかった思い出達。それらがごちゃ混ぜになって真帆を苦しめるから、その単語は出来るだけ聞きたくなかった。
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