春待月の一夜のこと
「ちょっと待って、なんでひとの顔見て笑ったの」

「普通こんなに買ってくるか?って思ったら可笑しくなった」


大量のお菓子というインパクトをもってしても、真帆の中にある思い出を完全に上書きすることは難しい。でもきっと、次にあの店を見たら、悲しい気持ちと一緒に、この大量のお菓子のことも思い出すだろう。そうしたら今みたいに、思わず笑ってしまうような気がしている。
それだけでもきっと、田辺の上書き作戦は成功していると言えるだろう。


「あのさ、私田辺くんに言いたいことがあったの」

「え、なになに愛の告白?遂に?田中さんの方から?」

「この間はごめんね」


わくわくした様子の田辺が、面白いぐらいぴたっと笑顔のままで固まった。


「どんなに田辺くんの性格が最悪で、ひとをおちょくる嫌な奴で、それによって頭に血が上ってしまったんだとしても、さすがに叩いたのはよくなかったなって反省した」


ごめんなさい、と改めて真帆は頭を下げる。


「え、待って待って。俺今謝罪を受けてるの?それとも貶されてるの?」

「お詫びと言ってはなんだけど、私が忘れて行った卵は好きにしてくれていいから」


田辺の疑問はさらりと無視して真帆が続ける。
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