春待月の一夜のこと
「……岡嶋 雅功、田辺の上司で、島田とは幼馴染み」


岡嶋のそんな自己紹介に


「上司?それだけですか。彼は俺の可愛い後輩です、くらいつけてくださいよ」

「幼馴染みじゃなくて、婚約者って紹介してよ!」


二方向から抗議の声。


「……お前ら二人揃うのは金輪際勘弁してくれ」


再び頭を抱えた岡嶋に、ついさっきマスターと田辺によって同じ気持ちを味わったばかりの真帆は、密かに同情した。
本当は、“気持ちわかります”くらい言いたいのだが、向かい側からの視線が怖いので口を開けない。

そんな風にして島田の視線に怯えていると、その島田が不意に真帆の方を向いたので、思わずびくっと肩が揺れる。
何を言われるのかとドキドキしている真帆に、島田は「この間はありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。


「えっと……?」


お礼を言われるようなことを何かしただろうかと、真帆は困惑する。


「この間、雅功くんのことタクシーで帰してくれましたよね。あたしがお願いした通り。だから、ありがとうございました」


説明と共にもう一度お礼を口にする島田に、真帆はようやく納得する。視線にはまだ圧があるので怖いけれど、悪い子ではないのだろうなという気はしている。怖いけれど。
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