春待月の一夜のこと
「……あれは、高校二年の時の昼休み、購買のレジにパンを持って並んだ田中さんだったが、自分の順番が来たところで財布を忘れたことに気づき、真っ赤な顔でおばちゃんにパンをへんきゃ――」

「はい!!カップ!」


遮るようにドンッと音を立ててカウンターにカップを置くと、田辺はさっきまでの話なんてまるでなかったかのように「ありがとう」と笑顔を見せる。


「あれ?田中さんの分は」


持って来たのは田辺の分だけで、真帆のカップはまだテーブルの上にある。


「私はいい」

「まあそう言わずに。デザートに飲み物はつきものでしょ?」


お湯を沸かす田辺がまた恥ずかしい過去の話をし始める前に、真帆は諦めて自分のカップも持ってくる。


「……ていうか、なんで知ってるの、その話」

「すぐ後ろに並んでたから」


え?と零す真帆と、ん?と笑顔で小首を傾げる田辺。


「すぐ後ろって、すぐ後ろ……?」

「すぐ後ろはすぐ後ろだよ。田中さんの次で、レジの順番待ってた」


昼休みの混みあう購買部とはいっても、すぐ後ろにクラスメイトが並んでいて気が付かないものだろうか。
まあ実際問題として、真帆は気がついていなかったのだけれど。
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