春待月の一夜のこと
「そんなに慌てること?」


別に、ヤカンの底から火がはみ出していたわけでもないし、口から噴き出す湯気だって、触らないように気を付けたつもりだ。
それを田辺は、呆れたように大きなため息を零す。


「田中さんがカウンター越しでも楽々ヤカンに手が届くくらいでかかったら、俺だって止めないよ。でも、背伸びしてカウンターに体重預けながら手を伸ばすんじゃ、危なくって止めるしかないでしょ」


確かに、若干つま先立ちになった。でもそれを支えるために、カウンターに体重も預けたのであって、真帆なりに気を付けるポイントは気を付けたつもりだ。


「田中さんってさ、危機管理能力が低すぎって言われない?」


もしかしたら、呆れたように零す田辺にそんなつもりはなかったのかもしれないが、真帆としてはやり返されたような気持ちだった。
だからちょっぴり悔しい。


「いつまで掴んでるの。セクハラ」


悔し紛れにそう言って掴まれた手を振りほどけば


「セクハラとか言うか。昨日もっと大胆なことしたのに」


今度はしっかりやり返された。
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