春待月の一夜のこと
「とりあえず蓋開けておくから、こっち来て丁度いい時に丁度よくやって。その間に俺はこっち」


コンロにくるりと背を向けた田辺は、冷凍庫から取り出した物を手に、電子レンジを操作する。
無視してやろうかとも一瞬思ったが、なにやら田辺がガサゴソしている物も気になるので、仕方なく真帆はカウンターをぐるりと回ってキッチンに入った。


「田中さんってさ、もしかしてあれ持ってたりするの?ほらあれ、あの、コーヒー淹れる本格的な感じの道具」

「……説明が雑過ぎる」


まあそれでも、何を指して“あれ、あれ”と言っているのかは、大体想像がつくけれど。


「そういうのは持ってない。インスタントコーヒーにお湯を注いだ方が簡単だし。片付けの手間もないし」


まあ正確に言えば、“今は”持っていない。


「持ってないの?そんなにコーヒーにうるさそうな感じ出してるのに?」

「もしかしてさ、喧嘩売ってる?」


だとしたら買うぞと、受けて立つ構えの真帆だったが、「いやまったく」と田辺。
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