春待月の一夜のこと
「まあ俺も、上司から教えてもらって最近知ったんだけどね」

「最近知ったくせに偉そうに語ったの?」

「田中さん、コーヒー出来た?」


誤魔化しやがった。それも、かなり強引に。


「ちょっと味見ー」

「は?あっ、ちょっと」


横から手を伸ばした田辺が、淹れたてのコーヒーが入ったカップを掴んでその場で一口。


「うん、やっぱり田中さんが淹れた方が美味しい」


斜め後ろ、ギリギリ視界に入るか入らないかくらいの位置から放たれた言葉に、真帆の肩がぴくりと揺れる。
――やっぱり、真帆の淹れるコーヒーは美味いな。
そう言って喜んでくれた人のことを思い出してしまって、真帆はずきりと痛んだ胸を抑える。


「田中さんどうしたの?気持ち悪いの?吐くんだったらトイレに行くんだよ」

「違うから」


まあまだ完全に二日酔いから解放されたわけではないけれど、それでも起きたての頃よりはずっといい。
悔しいが、田辺の作った生姜とネギがたっぷりのうどんを食べてから、調子が戻ってきている。
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