春待月の一夜のこと
「田中さん、難しい顔してどうしたの?お願いだから、気持ち悪いんだったらトイレに行ってね」

「……田辺くんさ、しつこいってよく言われない?」


考え事をしていたら、無意識に眉間に力が入って険しい顔になってしまっただけで、別にチョコレートまんを見ていたら気持ち悪くなったわけではない。
とりあえず、田辺が煩いので考えるのは一旦やめにして、真帆は充分に息を吹きかけたチョコレートまんにかぶりつく。

ふかふかの茶色い皮はほろ苦いココア風味で、田辺が言う通り中のチョコレートはとろとろ。甘過ぎないちょっぴりビターな感じが、食後でもぺろりといけてしまうし、コーヒーにもよく合う。
素直に美味しいと言う気になれなくて、真帆は表情も変えずに黙々とチョコレートまんを食べるけれど、その食べっぷりで察したのか、田辺が満足そうにコーヒーを飲む。


「あっ、そうだ田中さん」


思い出したように声を上げる田辺に、真帆は迷惑そうな視線を向ける。
この男が思い出すことはろくなことがない気がするので、あまり嬉しくない。
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