春待月の一夜のこと
「彼氏?」

「……彼氏じゃない」

「“今はもう”ってこと?」

「…………」


黙れという意味を込めて睨み付けても、田辺は全く気にしない。


「俺さ、昔から恋愛相談受けること多いんだ。なんかね、話しやすいんだって。まあそれがいいか悪いかって言ったら、今のところ良かったことはないね。ちょっといいなって思っていた人にも恋愛相談された時は、さすがにショックでお酒が進んだ。あと、煙草に手を出したのもその時かも」


田辺が煙草を吸っているというのは、ちょっと意外だった。近付いても煙草の匂いはしなかったし、部屋の中からもしないから。


「ストレス社会で生き抜くためには、逃げ道も必要だってことだよ」

「……そんな話だった?」


恋愛相談を受けることが多いという話をしていたのではなかったか。


「つまり、田中さんだって逃げてもいいんだよって話。その逃げ道の一つとして、俺への相談っていう選択肢を選んでもいいんじゃないかなって」

「……そういう魂胆か」


相談を受けるふりをして、真帆から話を聞き出そうと。
聞き出したところで田辺にメリットなどなさそうだが、これまでの言動から考えれば、ただの暇つぶしもしくはからかって遊ぶためというところだろう。
全く、顔面以外は何から何まで最悪な男だ。
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