人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「信じるな」
──いつからこうしていたのだろう。
ゆるやかなリズムで、腰から下が水にのまれるのを繰り返している。
重いまぶたを開けると、目の前を小さなヤドカリが歩いていた。
彼が必死に歩くのは、橙色の薄明かりに染まった砂浜。
それを見て気づいたのは、口の中がじゃりじゃりするのは砂が入っているせいだということ。
どことなく感じる塩味は、海の水を飲んだのだろう。
……不快、であるはずなのだけれど、どうでもよかった。
波がさざめく音はどこか心地よくて、このまままた眠ってしまいたいとさえ思ってしまう。
わたしは浜辺に横たわったまま現状を把握しようとすることもなく、どうしてこうなっているかに思いを巡らせることもなく、ただ在るがままに身を委ねる。
しかし突如として、その穏やかな時間は終わりを迎えた。
──どん、と突き上げるような振動と共に響いたのは、大きな地鳴り。
それによって頭の中に生まれた少しの不安のおかげで、ようやく私は起き上がる気になった。