人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
喪われたナノカの記憶 ひとつめ


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 一色(いっしき) 南乃香(なのか)は、愛される天才だった。

 可愛らしく聡明な顔立ちに、凛としていて、思いやりにあふれた性格。

 大人からは可愛がられ、同年代からは好かれ、年下からは憧れの的となる、そんな人間だった。


 けれどナノカのことを愛してくれない人間が、たったひとりだけ存在した。

 後々、その人数はひとつ増えることになるのだが──とにかくナノカはずっと、あるひとりからどうしても好いてもらえなかった。

 一色 真奈香(まなか)。ナノカの双子の姉。

 マナカだけは、ナノカを愛してくれなかった。

 理由は、劣等感。それは誰が見たって明らかなほど。


 ふたりは顔のつくりこそ鏡に映したようにそっくりだったが、中身は正反対だった。

 マナカは、ナノカがいつも先を行くが故に、自分に自信がなく、人とうまく接することができなかった。

 だから、世界に期待するのをやめた。

 愛するのをやめた。愛されるのを諦めた。

 そうしてマナカは、誰からも見向きされなくなった。

 ──ナノカを除いて。


 ナノカは、マナカのことが好きだった。

 マナカから愛されないことを、後ろ向きに(とら)えていなかった。

 むしろ生きがいだったのだ。

 愛してくれないたったひとりを、振り向かせたい。

 いつか私のことを、愛してほしい。認めてほしい。


 ──認めさせてみせるから、待っててね。マナカ。


 だからナノカは、17歳の夏休み、ある島に行くことを決めたのだった。

 とある、おとぎ話のような(うわさ)を信じて。

 マナカに認めてもらうために。



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