人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
地鳴りによる衝撃のせいか、波が荒くなった気がする。
辺りを見回したが、この浜辺に見覚えはない。
広がる砂浜には、ところどころにある大きな岩が存在感を放っていた。
人の手があまり入っていなさそうな、自然を感じる浜辺だ。
そろそろ日が沈もうとしている水平線を見て美しいと思うと同時に、わたしはどこからどうやってここへ来たのだろう、という疑問がおぼろげに浮かび上がってきた。
頼りないサンダルであてもなく砂を踏みしめる度に、ぼんやりとしていた頭が冴えていく。
自分が身にまとう、ずぶ濡れのパーカーとショートパンツ。
一度濡れたあと風にさらされたことでベタつきを残したまま、中途半端に乾いたミディアムヘア。
おそらく、どこからか海に流されてこの場所に流れ着いたのだろう。
そんな推測くらいはできるけれど──記憶がない。
どうしてこうなっているか。
いくら考えても、思い出せない。
まるで思い出してはいけないかのように、頭の中の引き出しに鍵がかかっているみたいな感覚だ。
頭が冴えていくほどに、考えれば考えるほどに、自分が置かれている状況への恐怖が募る。
そんなわたしを煽るかのように、夜の帳が下りていく。
……怖い。
どうしよう。
闇に包まれゆく中を進むのは恐ろしく、けれど立ち止まっているわけにもいかず、行き先も定まらないまま歩みを進める。
そしてふいに目にしたのは──死体だった。