人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
それなら、今こうして生きていることにも説明がつく。
わたしはまだ、殺されていないだけ。
それは、つまり──夜になればまた殺されるということを示しているのではないだろうか。
……怖い。
もう、死にたくない。
どうすればいいだろう。
頼る人はいない。身を隠す場所もない。
……夜までに、どうにかしないと。
恐怖心によってがんじがらめの記憶を、無理やり解いていく。
昨日、わたしはどうやって殺されたんだっけ。
たしか洞穴で寝てしまって、起きたら、後ろから──多分、首を刃物で切りつけられたんだ。
そのときに聞こえた声からして、犯人が男の人なのは間違いないだろう。
他に印象に残っているのは。甘い香り。
……それから連想するのは、ウロさんだ。
だってウロさんのタバコからは、同じ匂いがしていた。
……疑いたく、ない。
ウロさんは何を考えているか読めない人だけど、敵意のようなものは感じなかった。
だから疑いたくなんてないけれど──今は、疑わざるを得なかった。
あの香りのことだけじゃない。
ウロさんはわたしのことを知っているみたいな口ぶりなのに、なんにも教えてくれないのだから。
……過去の記憶も曖昧なわたしにとって、頼りになるのは今ここで自分が経験したことだけだ。
だから──自分で考えて行動しなきゃいけない。
洞穴へ行けば、なにか手がかりがあるかもしれない。
犯人の正体とか、殺されることから逃れる方法とか、同じ日を繰り返している理由とか。
死んだときのことを思い出してしまうのは怖いけれど、それよりもずっと何もわからないままでいる方が怖い。
わたしは洞穴のある浜辺の方へと向かうことにした。