人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
◇
まだ高いところで燦々と輝く太陽は、洞穴の中も照らしてくれていた。
洞穴には特に何もなさそう──と、思ったけれど。
岩肌が一部、濡れていることに気がついた。
あれはたぶん昨日わたしが寝ていたあたり、つまりわたしが殺されたあたりだと思う。
……不可解だ。
浜辺とはいえ波がかかるような位置ではないし、雨が降った様子もない。
日光だってずっと当たっていたのだから、なにかで濡れたとしてもすぐに乾くだろう。
洞穴の中へ踏み出しながら、ひとつの結論にたどり着く。
ここが濡れたのは、ついさっきのことかもしれない。
それなら乾く暇もないだろうし。
でも、なんでここだけ──
「よっ」
突然声をかけられて、思考は強制的に中断された。
思わず硬直したまま声の主を視線だけで探すと、洞穴の奥から歩いてくるウロさんが見えた。
「う、ウロさ……」
「え、なんで怯えてる?」
「びっくり、したんです……! なんでこんなとこに……」
ふと視線を落としたとき、ウロさんがバケツを持っていることに気がついた。
「……あ、これ? 掃除用」
ウロさんがくわえているタバコは、相変わらずあの甘い香りを漂わせている。
……掃除って、なんの? とか。
その甘い香り、知ってる、とか。
聞きたいことはたくさんあるのに、怖くて声に出せない。
──最悪の答えを想像してしまうから。