人魚の鼓動はあなたに捧ぐ





 まだ高いところで燦々(さんさん)と輝く太陽は、洞穴の中も照らしてくれていた。

 洞穴には特に何もなさそう──と、思ったけれど。

 岩肌が一部、濡れていることに気がついた。

 あれはたぶん昨日わたしが寝ていたあたり、つまりわたしが殺されたあたりだと思う。

 ……不可解だ。

 浜辺とはいえ波がかかるような位置ではないし、雨が降った様子もない。

 日光だってずっと当たっていたのだから、なにかで濡れたとしてもすぐに乾くだろう。

 洞穴の中へ踏み出しながら、ひとつの結論にたどり着く。

 ここが濡れたのは、ついさっきのことかもしれない。

 それなら乾く暇もないだろうし。

 でも、なんでここだけ──


「よっ」


 突然声をかけられて、思考は強制的に中断された。

 思わず硬直したまま声の主を視線だけで探すと、洞穴の奥から歩いてくるウロさんが見えた。


「う、ウロさ……」

「え、なんで怯えてる?」

「びっくり、したんです……! なんでこんなとこに……」


 ふと視線を落としたとき、ウロさんがバケツを持っていることに気がついた。


「……あ、これ? 掃除用」


 ウロさんがくわえているタバコは、相変わらずあの甘い香りを漂わせている。

 ……掃除って、なんの? とか。

 その甘い香り、知ってる、とか。

 聞きたいことはたくさんあるのに、怖くて声に出せない。

 ──最悪の答えを想像してしまうから。


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