人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「まぁでも、ちゃんと覚えててくれて、安心したよ」
呟くように言ったウロさんがほんの少しだけ笑ったように見えて、ちょっと驚いた。
ずっと表情が変わらないから、怖いと思っていたのに。
「……あ、いや、ちゃんとではないな。忘れてるだろ」
「えっ……」
わたし、なにかまずいことをしただろうか。
「ウロでいいし、敬語はやめろ、って言ったこと」
「……あ」
「べつに好きにしたらいいけど。俺なりに気を使ったつもりだっただけだよ。……歳、近いと思ったから」
見た感じ、たしかに歳は近い……かもしれない。
当然のようにタバコを吸っているし、ウロさんの方が歳上だろうけど。
……本当は、敬語にさん付けの方が、楽だった。
近づきすぎてはいけないと線引きしていたんだ。
ここに信じられる人なんていないと思っていた。
でも、ウロさんは今、わたしの方を向いてくれている。
──だったら少しくらいは、歩み寄ってみてもいいのかもしれない。
「ご、ごめん……ウロ」
「おー、上出来」
そう言ってウロが覗き込むように顔を近づけるから、わたしは思わず一歩後ろに下がる。
すると、踵になにかが触れた。
石かな、と思いながら、下を見ると。
想定外のものがあって、思わずしゃがみこんだ。
「……そこに、なにか残ってた?」
「こ、これ……この子」