人魚の鼓動はあなたに捧ぐ



 そこには、一匹のネズミが倒れていた。

 外傷こそなさそうだが手のひらほどの小さなからだはぴくりとも動かず、その命がすでに尽きていることはすぐにわかった。


「……かわいそう……」

「……寿命だろ」


 わたしがこぼした哀れみに応えたウロの声は、なぐさめようとしているようにも、ただ事実を述べただけにも思える。


「でも、ひとりぼっちだったから……」


 ウロはわたしの隣にしゃがむと、手のひらでそっと包むように、ネズミのからだを持ち上げた。


「どうするの?」

「海に流してやる」


 そう言って外へ向かうウロの後ろで、わたしの頭にはふと疑問がよぎる。

 ……あのネズミは多分、昨日はいなかった。

 それに、ウロはわたしのことをちゃんと覚えている。

 だとしたら、同じ日を繰り返しているという仮説は間違っていたのかもしれない。

 けれど別の答えなんて今は浮かばなくて、わたしはやっぱり、今ここにある現実だけでそれを推理するしかなかった。

 細身なウロの背中を見て、頼るべきなのか考える。

 わたしはまだ迷っていて、けれど本当は、頼りたくて仕方なかった。

 ……わたしはウロを、信じてみたい。

 そうしないと、見ないフリをしている恐怖と不安に、いつか押し潰されてしまいそうなんだ。


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