人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「そっちに、カニもいる」
ウロが指さした石の隙間から、口にあぶくをつけた小さなカニが出てきた。
そばに手のひらを置くと上に乗ってくれて、その愛らしさに思わずわたしは指先を伸ばす。
そして、小さなハサミに指先をはさまれた。
「いたっ、いたた……」
「──ふ、ははっ、そんな、はさまれ……っ」
そんなわたしを見て、ウロはこらえきれないように笑いをこぼす。
正直、驚いた。
さっき微笑んでくれたことに驚いたぶんを返してほしい。
……そんなふうに、笑ったりするんだ。
それにしても……笑いすぎじゃないかな。
冗談が下手なら、笑いのつぼも変わってるのかな。
そんなウロを見ていると、わたしまで面白くなってきた。
「……ふふ、笑いすぎ」
「あ、笑った」
「えっ、わたしのセリフ……」
「いやいや、俺のセリフだろ」
……思い返すと、たしかにわたしの方こそ笑ったりはしていなかったかもしれない。
そんな状況ではないといえば、そうなんだけれど。
「そういうの、好き?」
「うん」
「この島、実はでっかいヤドカリなんだよ」
「……面白くない冗談」
「面白くないじゃなくて、笑えないって言えよ。せめて」
「あ、そうだった……」
心がほどかれていくのを感じる。
ずっと怖くて、不安で、張りつめていた緊張感が、どんどん薄れていく。
それでわたしは、つい、こぼしてしまった。
「ウロ。わたし、同じ日を繰り返してる気がするの」