人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
それからすぐ、後悔した。
ウロの表情が少しだけこわばったのがわかったから。
「……なるほどな」
けれどウロはすぐにいつもの顔に戻って、立ち上がっては新たなタバコに火をつける。
「帰りたい、って、思う?」
「え……っ、と……」
──帰りたい?
突然の質問は、わからなかった。
なぜそんなことを訊かれるのかも、自分の答えも。
この島でのはじめの記憶は、浜辺で倒れていたところから。
それとウロの質問からして、わたしはやはりこの島に住んでいわけじゃないのだろう。
きっと、どこか帰る場所がある──けれどわたしは、それを思い出せない。
だとしても、今この島で不安な状況に陥っているにも関わらず、帰りたいなんて気持ちが全然ないのが自分でも不思議だ。
「思ってない、かも……」
「……そう。そっか。そうだと思ってた」
ウロは納得したように、それと諦めたように、遠くの水平線を見ながら呟く。
「──ウロ、教えてよ。わたし、わたしたちは……同じ日を繰り返してるの?」
「……繰り返してないよ」
「だったらどうして──……ねぇ、ちゃんと教えて? わたし、怖いよ……」
「……ごめん」
ウロはまたわたしの横にしゃがむと、小さく項垂れた。
「……話せない。話したくない……悪いとは、思ってる」
そう言ってまた何も教えてくれないウロにわたしが覚えたのは怒りなんかではなくて、心配にも似た疑問だった。
……ウロは一体、なにを抱えているのだろう。
「でも俺は、お前が──君が、正気でいてくれてうれしいんだ」