人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「そんなこと、言われても、っ」
わたしは全然うれしくない。
わたしはなんにもわからない。
そう言いかけて、のみこんだ。
ウロは全然うれしそうになんてしてなくて、むしろ寂しげにすら思えたから。
「……夜。出歩くなよ。サエキのところでもいいから、隠れてた方がいい」
「……サエキ、さん……?」
でも、サエキさんを信じるなと言ったのはウロなのに。
わたしの困惑が伝わったのか、ウロは慌てたように口を開く。
「今のは忘れてくれ。誰もいない隠れ場所、教えるから」
そう言うと火を消したタバコを仕舞って立ち上がった。
「訳わかんないよな、俺。ごめん」
その後にぽつりとひとりごちるように呟いた言葉が、やけにわたしの心に残って仕方ない。
「……もう自分でも、わかんねー……」
……なにを知ってるの。
なにを隠してるの。
なにを抱えてるの。
わたしはなんにも訊けなくて、それはわたしの優しさのようでもあって、けれど本当は怖いだけだった。
──ウロが、人殺しだったら。
わたしの過去が、忘れたいようなことだったら。
知ってしまったら、もう戻れない。
わたしは知りたがるようなフリをして、本当は真実を背負うのが怖いだけ。
だから今は、ウロに着いていくだけしかできない。
ただ流されて、受け入れて、そうしているのが一番簡単だったから。