人魚の鼓動はあなたに捧ぐ





 ウロが案内してくれたのは、小さな倉庫だった。

 家が並ぶ集落と浜辺の間くらいのこの場所は、辺りに人気はない。

 倉庫の中は埃っぽいし、居心地がよいとは到底言えない。 

 とはいえ鍵はかかるし、自分一人だけで閉じこもれるのは安心できる。

 ウロは一緒にいられないらしく、それだけは少し残念だったけれど。

 昼に小窓から射し込んでいた光は、もう跡形もない。

 辺りはすっかり暗くなっていることだろう。

 ……ここにいれば、今晩は殺されないで済むだろうか。

 ひとりは、安心。ひとりは、怖い。

 正反対の心がせめぎあって、それをどうにか沈めたくて、遠くで聞こえる波の音に耳を澄ましたときだった。


「わぁぁぁあっ!」


 ──悲鳴が耳をつんざいた。

 近くで誰かが走っているような足音も聞こえる。

 冷や汗が滲む。

 悪い想像に襲われる。

 恐る恐る小窓を覗くと、懐中電灯を片手に走る人影が見えた。

 そして、その人影が転び、転がる懐中電灯の光により正体が明かされる。

 ──あの、少年だ。

 一昨日、浜辺で死んでいた少年。

 昨日、浜辺に向かっていた少年。

 少年はしきりに後ろを気にしながら必死に立ち上がろうとして、慌てているせいか何度も懐中電灯を落としている。

 誰かに、追われてる?

 けれど、ほかの足音なんかは聞こえない。


「や、やっ、やめ──なんで、っ、あんたが……」


 少年はひどく怯えていて、わたしは葛藤する。

 助ける? ……見捨てる?

 葛藤していること自体、ひどいのかもしれない。

 できた人間ならきっと、すぐにここを飛び出して助けに行くことだろう。

 でもわたし、怖いんだ。

 少年を追っているのは、きっと人殺し。

 わたしにはそう思えてならない。

 今日こそわたしは、死にたくない。


「たっ、たすけて! 誰か、っ、助けてよ……!」


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