人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
◇
ウロが案内してくれたのは、小さな倉庫だった。
家が並ぶ集落と浜辺の間くらいのこの場所は、辺りに人気はない。
倉庫の中は埃っぽいし、居心地がよいとは到底言えない。
とはいえ鍵はかかるし、自分一人だけで閉じこもれるのは安心できる。
ウロは一緒にいられないらしく、それだけは少し残念だったけれど。
昼に小窓から射し込んでいた光は、もう跡形もない。
辺りはすっかり暗くなっていることだろう。
……ここにいれば、今晩は殺されないで済むだろうか。
ひとりは、安心。ひとりは、怖い。
正反対の心がせめぎあって、それをどうにか沈めたくて、遠くで聞こえる波の音に耳を澄ましたときだった。
「わぁぁぁあっ!」
──悲鳴が耳をつんざいた。
近くで誰かが走っているような足音も聞こえる。
冷や汗が滲む。
悪い想像に襲われる。
恐る恐る小窓を覗くと、懐中電灯を片手に走る人影が見えた。
そして、その人影が転び、転がる懐中電灯の光により正体が明かされる。
──あの、少年だ。
一昨日、浜辺で死んでいた少年。
昨日、浜辺に向かっていた少年。
少年はしきりに後ろを気にしながら必死に立ち上がろうとして、慌てているせいか何度も懐中電灯を落としている。
誰かに、追われてる?
けれど、ほかの足音なんかは聞こえない。
「や、やっ、やめ──なんで、っ、あんたが……」
少年はひどく怯えていて、わたしは葛藤する。
助ける? ……見捨てる?
葛藤していること自体、ひどいのかもしれない。
できた人間ならきっと、すぐにここを飛び出して助けに行くことだろう。
でもわたし、怖いんだ。
少年を追っているのは、きっと人殺し。
わたしにはそう思えてならない。
今日こそわたしは、死にたくない。
「たっ、たすけて! 誰か、っ、助けてよ……!」