人魚の鼓動はあなたに捧ぐ



 それから殺人鬼は、わたしを抱きしめた。

 それはまるで恋人同士がするような──けれど彼の片手では包丁が、ぬらりとした血を滴らせている。

 震えが止まらないわたしの指先を、殺人鬼がそっと開かせてくる。

 殺人鬼の考えがまったく読めず、わたしはただ、身を委ねることしかできなかった。

 それに、背後から抱きしめられていては逃げることなんて不可能だ。

 殺人鬼はわたしに無理やり包丁を握らせ、自分の手のひらをわたしのそれに重ねる。


「っ、な、なに、して──」


 考えが至らなかった、殺人鬼の目的。

 それは次の瞬間に、嫌というほどに理解させられた。


 わたしの、手が。

 手に握った、包丁が。

 少年の背中の真ん中に、深く深く突き立てられた。

 少年は声にならないほどの短いうめき声をあげて、その後はもう、ぴくりとも動かなくなった。


 こういうとき、悲鳴は出ない。

 知りたくもなかったそんな事実をまた実感する。


「……ははっ、これで共犯だよ……」


 耳元でささやかれたのは、愉悦(ゆえつ)(はら)んだ低い声。

 わたしがそれに対して返事をする間も、考える暇さえ与えられないまま、包丁の向きが無理やり変えられる。

 その切っ先はわたしを捉えていて、それを認識した瞬間。

 わたしはまた、死への恐怖の中で意識を手放した。


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