人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
喪われたナノカの記憶 ふたつめ
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──おとぎ話を信じた甲斐があった。
ナノカは、海上をすべるミニボートでひとり、薄笑いを浮かべる。
つい先ほどのことだ──ナノカがとある島で、あまりにあっさりと目的を果たしたのは。
元より、そうなる自信はあった。
だってナノカは、人生すべてうまくいくから。
これまでずっと、そうだったから。
人に愛されるというのは、そういうことなのだ。
現に目的を果たせたのも、サエキという男がナノカを好いたおかげだった。
……ただ、ひとつ、想定外だったことがある。
ナノカは、ある青年に嫌われたようだった。
嫌われた、どころか、向けられていたのは殺意ですらあった。
ナノカにとってそれだけが不満で、思い出すと微かに心が乱される。
──たしかあの青年は、ウロと呼ばれていたっけ。
ナノカのことをはっきりと嫌った人間は、マナカとウロのふたりだけ。
ナノカは、それが不満というより──悔しかった。
たった一日会っただけの、自分のことを何も知らないはずの人間が、マナカと同じ感情を抱いたことが。
けれど目的を果たした今、そんなのは些細なことだ。
ナノカは潮風を浴びながら、口元にべったりとついた血をぬぐう。
──ねえ、マナカ。今、会いに行くから待っててね。
驚くかな。認めてくれるかな。愛してくれるかな。
ナノカは都合のいい妄想を頭いっぱいに巡らせながら、最愛の人の元へと帰るのだった。
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