人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「逃がさない」



「き、きゃぁぁあ!」


 重いまぶたをこじ開けた──と、同時に、目の前で思いもよらない出来事が起きていて、気づけばわたしは全力で叫んでいた。


「う、うるせ──……まぁ、でも、先に謝る。ごめん」


 ウロが、わたしから服を剥ぎ取っていた。

 ……いや、落ち着いて見ると、丁寧にタオルでからだを隠しながら着替えさせてくれている──ようにも思える。


「でもほら、これ……嫌だろ、こんなの」


 ウロが持ち上げたのは、わたしが着ていた病衣だった。

 あんなに白かったはずの病衣は、すっかり赤黒く染まっている。

 ……わたしの、血の色。すぐにそうだとわかった。

 否応なく、思い出したくもない光景がフラッシュバックする。

 ──結局わたしは、また、殺されたんだ。

 そしていまだに、殺害現場である倉庫の中にいるらしい。

 ……病衣を染める血液は、わたしが殺されたときのものだ。

 床を見ると、拭かれた形跡はあるが、血だまりの跡が残っている。

 夢なんかじゃないし、繰り返しているわけじゃない。

 殺されたのは現実で、時は確かに進んでいる。

 それらを知らしめるような痕跡は、ぜんぶ、残っているのだ。


「……わかんないよ、もう……」


 なにが起こっているのか。

 どうすればいいのか。

 気づくとわたしは、ウロの胸元に顔を(うず)めていた。

 とにかくなにかに(すが)りたかった。

 こわくて、不安で、ひとりは嫌で。

 ウロの服を掴んだわたしの手のひらの上に、ウロが自分のそれを重ねる。


「……待っててほしい。もう少しだけでいいから……君に、知ってほしくないんだ」


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