人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
わたしが顔を上げると、ウロと目が合う。
ウロの瞳の中ではきらめく青が波のように揺れていて、それはわたしを頷かせるには充分な説得力を持っていた。
「君が──君だけが、正気だ。……だから──」
そのとき突然、ウロの言葉を遮るように、倉庫の扉が勢いよく開かれる。
「誰か──い……っ、なっ、ナノカ!」
扉を開けたのは、サエキさんだった。
わたしに気づくと、ひどく焦ったように取り乱して、それからウロの方をにらみつけた。
「い、今すぐ離れろ! ウロ、お前、何を──」
……きっとサエキさんは、わたしの悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう。
それから、服を着ていないわたしに、その服を持っているウロ。
サエキさんが勘違いするには充分だ。
「何って──……あー、勘違いだって」
「そっ、そう! サエキさん、わたし、なにもされてないです」
サエキさんは弁明を聞いてもなお、疑うような視線をウロに向けている。
「とにかく、ナノカから離れてくれないか」
「いや、だって──」
「離れろ、今すぐ」
その迫力に気圧されたのか、ウロはわたしにバスタオルを押し付けると、数歩遠ざかった。
ウロの顔を見ると、呆れているような、うんざりしているような、そんな雰囲気を感じた。
「サエキ。もっかい言うけど、誤解だからな?」
「僕がお前の言葉を信じると思うか?」
「さっ、サエキさん、本当にウロはなにも……」
「ウロって呼んだかい? ずいぶん仲を深めたんだね」