人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
今のサエキさんには、何を言っても悪くとられてしまいそうだ。
「ナノカのことは僕に任せてくれ。ナノカ、君は忘れてしまっているけれど、僕のことをとても頼ってくれていたんだよ」
「……だとしても今は、俺のがいいってよ」
「笑えない冗談だな」
サエキさんとウロの間にはぴりぴりとした空気が流れて、とても口を挟もうという気になれない。
サエキさんはおもろに、懐から小さな刃物を取り出した。
「……僕は医者だが、あいにく、崇高な矜持なんかを持ち合わせてはいなくてね。つまり道具も技術も、生かすためだけに使おうなんて思ってはいないんだ」
「待て待て待て、そんなもんしまえ。面白くないって」
「僕は冗談は言わない。お前もわかってるだろ? 今すぐここを出ていって、ナノカにはもう関わるな」
サエキさんは刃物の切っ先をウロに向ける。
サエキさんの言葉は冗談なんかじゃないし、ただの脅しでもないってことは、わたしにもわかった。
「うっ、ウロ……」
ため息と共に両手を上げたウロに、わたしは目線をおくる。
──サエキさんの言うことをきいて。
そんな思いが通じたのか、ウロは不本意そうに扉の方へゆっくりと歩いていく。
ウロにもなにか考えはあったかもしれないが、今は立ち去ってくれたほうが丸く収まるだろう。
「……一旦な、一旦。俺の言ったこと、覚えてるよな」
──あんまりサエキを信じるなよ。
ウロさんのその言葉は、しっかり脳に刻まれている。
わたしがうなずくと、それを見届けたウロは倉庫を出ていった。