人魚の鼓動はあなたに捧ぐ



「……ナノカ」


 サエキさんは安心したようにわたしの方へ向き直る。

 しかしそれからすぐ、視線を逸らした。


「とりあえず、服を着てくれないか……」


 わたしは慌てて、言われた通りにする。


「き、着ました──っ、サエキ、さん?」


 わたしが言うと同時くらいに、サエキさんからきつく抱きしめられた。

 しかしその腕はすぐにゆるみ、サエキさんはわたしの肩をそっと掴む。


「ナノカ、目を離したりしてごめん。これからはちゃんと僕が守るから、安心して」


 わたしに向ける眼差しは、さっきまでのウロと対峙(たいじ)していたときが嘘みたいに、愛に溢れていた。

 けれどわたしはどうしても、その瞳の奥に狂気がちらついているような気がしてならない。

 ──それでも、知りたいと思ったから。

 だからわたしは、再びサエキさんの手をとることを決めた。





 病院へと連れられたが、サエキさんは患者さんの対応で忙しそうにしている。

 暇をもて余して待合室を覗くと、その小さな部屋にぽつんといたのは例の少年だった。

 ──やっぱり、また(・・)生きてる。

 思わず「あの」と声をかける。

 少年はびくりと肩を震わせ、恐る恐るといった感じでわたしを見た。

 それから突然、外へ出ていってしまった。

 ……わたしは何度、少年を追いかければいいのだろう。

 今度こそ、あの少年と話してみたい。

 その一心で、わたしは少年に続いて病院を飛び出した。


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