人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「……ナノカ」
サエキさんは安心したようにわたしの方へ向き直る。
しかしそれからすぐ、視線を逸らした。
「とりあえず、服を着てくれないか……」
わたしは慌てて、言われた通りにする。
「き、着ました──っ、サエキ、さん?」
わたしが言うと同時くらいに、サエキさんからきつく抱きしめられた。
しかしその腕はすぐにゆるみ、サエキさんはわたしの肩をそっと掴む。
「ナノカ、目を離したりしてごめん。これからはちゃんと僕が守るから、安心して」
わたしに向ける眼差しは、さっきまでのウロと対峙していたときが嘘みたいに、愛に溢れていた。
けれどわたしはどうしても、その瞳の奥に狂気がちらついているような気がしてならない。
──それでも、知りたいと思ったから。
だからわたしは、再びサエキさんの手をとることを決めた。
◇
病院へと連れられたが、サエキさんは患者さんの対応で忙しそうにしている。
暇をもて余して待合室を覗くと、その小さな部屋にぽつんといたのは例の少年だった。
──やっぱり、また生きてる。
思わず「あの」と声をかける。
少年はびくりと肩を震わせ、恐る恐るといった感じでわたしを見た。
それから突然、外へ出ていってしまった。
……わたしは何度、少年を追いかければいいのだろう。
今度こそ、あの少年と話してみたい。
その一心で、わたしは少年に続いて病院を飛び出した。