人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「……聞いてる? なに、見とれてんの?」
思わず釘付けになったわたしの視線はバレていて、青年はあきれたように言った。
「……あ、えっと……綺麗だった、から……」
「え? ああ、この髪。血がこびりついて取れないんだよ」
先ほどから表情ひとつ変えない青年は、わたしの方へずいっと顔を近づける。
その瞬間、昨日感じたのと同じ、甘い香りが漂ってきた。
……それが何を意味するのか、わたしはすぐに理解することができずに、ただ、頭もからだも固まってしまうばかりだった。
「ち、血……?」
わたしが鈍い頭を回して発した精いっぱい。
それとほぼ同時に、青年の頭に本が振り下ろされるのが見えた。
「いって!」
「笑えない冗談は大概にしてくれ」
青年を押しのけて衝立の向こうから現れたのは、白衣をまとった男の人だった。
「おはよう。君はやっぱり来てくれたんだね!」
その人は、うれしそうに笑う。
眼鏡の下の顔立ちは二十代後半といったところだが、その表情はまるで子どものような純粋さを感じる。