人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
「そうだ……わたし、名前はナノカで、それで、なにかを探してて……島に、行きたくて……あの、ここって、どこですか」
今のわたしが思い出せるのは、それだけ。
わたしはなにかを探して、とある島に行きたいと考えていたはずだ。
「どうしたんだ、ナノカ。敬語なんてやめてくれよ。僕たちの仲じゃないか」
男の人は困ったように言うが、わたしにとってはその仲の記憶がない。
「ごめんなさい……わたし、記憶が……」
わたしが言うと、男の人は目をぱちくりさせて、それから一拍置いて、わたしのことを抱きしめた。
「そうか。……つらい思いをしたんだね? 大丈夫だよ。思い出すのはゆっくりでいい」
突然のことで驚いたが、男の人からは優しさを感じて、嫌だとは思わなかった。
ただ、その男の人の後ろで、青年が苦々しい表情を浮かべているのは気になるけれど。
「ナノカ、君はね、きっとこの島に大切な人を探しに来たんだよ」
「……それって、あの……あなたは、それが誰か知っていますか?」
「もちろん見当はつくけど──言わない。君が思い出すのを待つよ。時間はたっぷりあるからね」
男の人はわたしからそうっと離れ、「ゆっくり休むといい」と言い残して去っていってしまった。
どこからかドアを叩くような音が聞こえたから、きっとその対応をしに行ったのだろう。
そうして、この場にはわたしと青年だけが残されることとなってしまった。