人魚の鼓動はあなたに捧ぐ
そうだ、わたしは、わたしにそっくりな姉がいた。
そうは言っても、そっくりなのは顔だけで、中身は全然違っていたっけ。
それで、わたしは、姉のことが大好きで──
「──う……」
「おい、どうした」
「ちょっと、きもちわるくて……」
突然、吐き気に襲われる。
自分の記憶を探るだけのことが、どうしてこんなに難しく感じるのだろう。
「……わたしの姉、知ってますか?」
青年は冷めた目をわたしに向けたまま、何も言わない。
「わたしのこと、知ってるんですよね?」
「……どうだろ。その、大切な姉の話、聞かせてくんない?」
わたしには何も教えてくれないのに、わたしには訊いてばっかりだ。
けれど、そのおかげで、わたしは少しずつ自分のことを思い出すことができそうだ。
「……わたしは、姉のことが好きで──だけど姉は、わたしのこと、大嫌いだったんです」
わたしが言うと、青年は眉をぴくりと動かした。
「へえ。大嫌い。そんな自覚があるなんて気の毒に」
「そう、大嫌いで、それで、わたしは──」
思い出そうとすると、頭痛がひどくなる。
まるでなにかの警告みたいだ。
「別にいいよ、そんな無理しなくて。お前、名前なんていうんだっけ?」
「……ナノカ、です」
青年は曖昧な相づちをうちながら、自分の胸元を探ってタバコとライターを取り出した。
慣れた手つきでタバコに火を点けると、室内だということにも構わずに吸い始める。
それから、わたしに向かって煙を吹きかけた。