キスだけで誤魔化さないで。好きってちゃんと、言ってよね。【完】
 律のお兄さんが来てから数日が経ったある日曜の昼下がり、井岡さんとの打ち合わせに出ていて律が不在のアパートで、私は一人留守番をしていた。

 家事もひと通り終わったこともあってソファーに座ってまったり過ごしていると、陽当たりがよく、ついウトウトしかけてしまう。

 そんな時、来客を知らせるインターホンが鳴って一気に目が覚めた。

 けれど、出がけに誰か来ても出なくていいと律が言っていた事もあって居留守を使っていたのだけど、コンコンッとドアをノックする音に加えて、「律?」と彼を呼ぶ女の人の声が聞こえた瞬間、私は迷わず玄関に駆け寄ってドアを開けた。

 ドアを開けると、立っていたのは小柄で可愛らしい女の人だった。

 私を見て驚いた様子の彼女。

「あの、ここ、古屋 律のお部屋、ですよね?」

 部屋を間違えたと思ったのか、律の部屋かと確認する彼女。

「そうですけど、あなたは?」

 そんな彼女に私が不機嫌気味に問い掛けると、

「わたし、古屋 鈴と言います。あの、律は居ますか?」
「律は出掛けてますけど……」
「そうですか。ではまた日を改めて来ると伝えてください」

 ぺこりとお辞儀をした彼女はそれだけ言うと、足早に去って行った。

 古屋 鈴。律と同じ苗字の彼女。

(御家族の、誰か? それとも、親戚?)

 気になって仕方がなかった私は夕飯の買い出しに行くのも忘れ、ボーっとしたまま律が帰って来るのを待つ。

「ただいま」

 そして陽が暮れた頃に律が帰ってきた。

「どーした? 元気ねぇな?」
「今日ね、古屋 鈴さんって人が来たよ」

 帰って来て早々昼間訪ねて来た女の人の話をすると、

「鈴が?」

 それを聞いて心底驚いた表情の律。

「……誰……なの?」

 不安で仕方が無かった私は一番知りたかった質問を投げ掛けると、

「鈴は――義理の姉貴だ」

 一瞬の沈黙の後、そんな答えが返ってきた。

「義理の、お姉さん?」
「ああ。兄貴の、嫁さん」

 そう素っ気なく言った律は煙草に火を点けた。
< 24 / 70 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop