陰キャな凄腕プログラマーくんの視線が気になって仕事になりません!

開口顔

 朝の会議の余韻が消えないまま、とうとう昼休みの時間が回って来た。

 時計の針がちょうど12時に差し掛かったところで、周りの女子が一斉に立ち上がり、魚の群れのように出口へと向かって行った。

「今日のランチは、あのインスタ映えするホットケーキを売っているカフェにしましょう!」

 陽気な声がすぐ近くで聞こえた。

 隣のデスクで作業していた加藤麗華が、ショコラグレージュのロングヘアを振り払いながらコートを手に取り、置いていかれまいと皆の後を追う。

 その言葉はもちろん、私ではない他の誰かに向けられたものだった。

「あそこ、マジやばいよね!土日はまず入れないっぽいよね……」

 大量の話し声と足音が次第に小さくなる。

 静まり返ったオフィススペースで、私は黙々と朝のうちに買った野菜サンドと、デザートのチョコミントアイスを冷凍庫から取り出してデスクで食べ始める。

 カチッ……カチカチッ

 静かなマウスのクリック音が鼓膜を襲ってくる。

 とてもではないけど、心穏やかにランチを楽しむことはできない。

 その理由は、私のデスクと向き合うように座っている海堂のせいだ。大きなモニターを2つ隔てて座っているとはいえ、今朝彼の言ったことを思い出すだけで彼の存在を強く意識してしまう。なんだかすごく悔しい。

 せっかくの大好物のミントチョコアイスもこれでは台無しだ。口の中で溶ける爽快なミントと上品なチョコが絡み合う、いつもの味なのに、いつもほど美味しく感じることができない。

 苛立ちを誤魔化すように私は壁際にある本棚に近づき、社員のために揃えられたビジネス書やIT教材に目を通す。

「ポンコツでも大丈夫!Ruby入門、バカでもわかるJavaの基本、文系乙女のための優しいIT用語解説……」

 基礎的なプログラミング知識があれば、少しは小馬鹿にされずには済むかもしれない。

 テストエンジニアである私は、アプリの動作確認を行い、バグが見つかれば報告書を作成することが主な仕事であり、基本的にはプログラミングの知識なしでもできるが、プログラミングの基礎的な理解があればバグの発覚や修正に役立つ可能性は高い。

 適当に数冊持ち去り、わざとらしくドサッとデスクの上に置く……が、デスクに戻ったときに海堂はすでに昼食でも食べに行ったようでオフィスは私一人になってしまった。

 せっかく勉強している姿を見せつけてやろうと思っていたのに。残念。

 本を開きながら勉強していると、複数人の足音が聞こえ、オフィスにいつもの賑やかさが取り戻される。

 隣のデスクチェアが引かれる音がして、横目で加藤が席に着くのが見えた。海堂も私の向かいの定位置に戻り、いよいよ午後の就労が始まろうとしていたとき——

「あれ、海堂くん、どうしたの?」
  
 加藤さんの甲高い声が耳に届く。

 その質問は、海堂の様子が普通ではないことを示唆しているようで、好奇心に抗えず、私は視線を海堂に移した。彼はデスクの上を入念にチェックしたり、デスクの下の床を覗いたりしていて、どうやら何かの探し物をしているらしい。

「何でもありません。ちょっとした探し物です」

「何を探しているの?うちも手伝うよ」

 彼女の言葉が聞こえなかったのか、海堂は独り言の如く「おかしいな。今日で三回目だ」と呟きながら、出口へと向かった。
< 4 / 15 >

この作品をシェア

pagetop